広島市  八木 真央

体という殻の中に
心という殻がある

海辺に住んだ人が
――砂浜に落ちている巻貝に耳を当てると
   海辺の 懐かしい音がするのよ
と言ったので
私なら コンクリートのしんとした音でも聴こえるのか
と思い 私も 私の殻に耳を澄ませてみた

荒ぶるものが激しく打ち寄せる絶壁の
数歩こちらに自分が立っているのが感じられた
このまま この轟きを聴いていたら 落ちてしまう
激しさに引きずられて 落ちてしまう
慌てて私は両耳を手でぴったりと覆って
やさしい音を 殻の奥の方に探す

――今のお前に聴かせてやりたいような音は
  ない
と 眠りの中にある私の海馬が言う
――だからお前の心の殻を
   巻貝のように複雑に巻いてやったのに
と  過去の 傷ついた私が束になって詰め寄る

私が生きるために必要だった
外からの音を
内からの音を
鼓膜のひりひりする感覚だけ残して
私の殻に そっと収める

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